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モールス【映画】

 08,2011 23:31
いや、もうちょっとキレイに食べた方が……(^^;

【吸血鬼もの好きな方推奨。ちょいホラーな純愛好きな方推奨。元映画ファンには非推奨らしい(^^;】


★「モールス」公式サイト


「らしい」というのは、何故かというと、私がスウェーデン製の元映画「ぼくのエリ 200歳の少女」を見ていないからなんですが。

一緒に見に行った友人たちの中で、私だけが元映画を見ていなかったんですよ。
で、見ていた全員が「これだからハリウッド・リメイクはよう(+_+)」と怒っていました(笑)。

脚本やお話の流れはほぼ一緒でそのまま作ってあるのに、やっぱりダメらしいですよ(^^;
ワビサビというか、雰囲気というか、空気感というか、ともかくそんなものが全然ダメらしい。

元映画を見ていない私は、まあ、普通にそこそこ楽しみました。
途中途中にものっすご自己主張しながら入ってくるBGMには、なかなか笑ってしまったんですがね(笑)。
ピンポイントすぎるΨ(`∀´)Ψ


以下、ネタバレ。






主人公は、一見12歳くらいの少女と、いじめられっこの12歳の少年。

オーウェン少年(@コディ・スミット=マクフィーくん)は両親の離婚問題のさなかで、母親は情緒不安定ぎみ、学校では結構陰湿ないじめにあっており、いつも住んでいるアパートの中庭で夜はひとりで過ごしていました。

そこにある夜、はだしの少女が現れます。
季節は真冬で、雪の中をはだしで歩く少女の足は凍えているが、少女は寒さを感じないというわけですな。
その、父親らしき男性とともに少年の隣の部屋に越してきた謎めいた少女アビー(@クロエ・グレース・モレッツちゃん)は、出会ったその時から「友達にはなってあげられない」と一方的にオーウェンに告げてきます。

なにもない田舎町に、その後事件が起こり始め――――。


というお話です。

物語的には、非常に日本の物語っぽさを感じました。
「ドラキュラ」を初めとする海外の吸血鬼ものというよりは、日本のマンガなどによくあるようなイメージ。
もちろん初めて見たんですが、なんだか慣れ親しんだストーリー展開な感じ。

田舎にやってくる少女吸血鬼の目的とかは全然違うんだけど、小野不由美さんの「屍鬼」を思い出しましたねぇ。

<余談>「屍鬼」は、途中までは本当にぐいぐい引き込まれる感じで面白かったんですよ。吸血鬼の少女と、人狼との関係性もおもしろかった。でも、後半とオチがなぁ(^^;</余談>


とにかくバックショットの好きな監督だな、というのが第一印象(笑)。
誰とは言わず、背中からのショットが多い。

あと、音楽で時代背景を表現したいのかもしれないけれども、すごく目立つ入れ方で80年代ブリティッシュ・ロックばかりになっておりましてね。
「LET'S DANCE」何回かけるんだか(^^;
あとはカルチャークラブとかね。
画が暗く、陰鬱な町のちょいホラー風味の吸血鬼ものというイメージに見事にミスマッチで、思わず笑ってしまいました(^^;


もちろん、アビーと一緒にいた男はお父さんでもなんでもなく、昔アビーを好きになって同行することになった少年の成れの果てのおじさま(@リチャード・ジェンキンス)。
何百年も12歳のままのアビーのために、殺人を犯しては血を持って帰ってくる生活に疲れ果ててたわけですね。
まあ、スタートがどんなに深い純粋な愛であったとしても、吸血鬼もののお約束通り、相手は不老不死、人間のままの自分は年老いていくうえに、殺人のリスクが降りかかるのは自分ばかり。
何十年も続ければ疲れ果てもします。

彼の、最後の狩りのシーンなんかは、すでに哀れなギャグ風味になっていましたからね。
ちょっと「ベニスに死す」の最後の老作曲家のお化粧シーンを思い出しました。
耽美素養のない私は、白塗りした彼の額から髪染めがつつーっと黒く流れ落ちていくラストシーンで、思わず笑ってしまったんですがね(^^;
全然シチュエーションは違うんですが、そんな感じを思い出した。
若く美しい子に入れ込んだオヤジの悲劇というか。
↑「ベニス」をそんなふうに総括していいと思ってんのかとは、自分でツッコんでおきます(^^;(^^;(^^;


映画の冒頭シーンは、彼が狩りに失敗して瀕死の重傷を負って病院に運び込まれるところから始まっているので、映画の尺半ばまでは少し時系列が前後した構成になっています。

まあ、彼がアビーに「もうオーウェンには会うな」というあたりは、切なげなシーンではありましたよ。
彼にしてみれば、オーウェンはまるで過去の自分自身。
オーウェンの未来も見えていたんだろうし、もちろん、アビーの同行者として、自分はけして最初でも最後でもないという事実を突き付けられた切なさや、アビーを取られるという嫉妬もあったんだろうし。

演じ甲斐のありそうな役だったわりには、実はあまり印象の強くない役だったんですよねぇ。
ヴィゴやゲイリーなんかが演じたら、またずいぶんと違う印象になったかもしれない。
うん。それこそギャグ風味なんか感じることもなく(^^;


映画の途中から彼が狩りに失敗したり「もう疲れたかも」とか弱音を吐いたりするもんですから、アビーがオーウェンに近づいていくのが、なんだか同行者の代わりを探して、というふうに見えたりもしました。

元映画見ている友人が「このリメイク版はアビーの計算が見える!」と言っていたのが、そのあたりでしょうね。


アビーとオーウェンは、ふたりだけで夜の中庭でだんだん距離を縮めていくわけですが、その過程で何度もアビーが「私は女の子じゃない。なにものでもない」という台詞を言うんですね。
オーウェンはそれを「人間じゃない」という意味だとだんだん理解していくわけですが、同じく見ているこちら側ももちろんそう考えます。

でもこれが!
どうも原作によると、本当にアビー(原作ではエリか?)は男の子なんだそうです。
多分、狩りの時に便利だから女の子の格好を擬態しているのかなー?というふうに読めるそうな。

帰り道、ちょっとそれ聞いてびっくりしたΨ(`∀´)Ψ


このリメイク映画だけだと、まったくそういうことに触れるシーンはないので、どっちともとれるというよりは、やはりこれだけ見ていると女の子にしか見えませんでした。
うん、いやにしつこく「女の子じゃない」と言うな、とは思うんだけれども。


最終的には、元のアビーの同行者である男性は亡くなって、両親や学校やいじめなどで鬱屈していたオーウェンは、その町での最後のアビーの狩りをきっかけに家を出て、新しい「同行者」となるわけですが。

ああしてアビーの同行者になることを決心するには、もう少しオーウェンの環境に深刻さが欲しかった気がしますね。
確かにオーウェンはいじめと両親の離婚問題で大変な環境にいたんですが、あと1~2年我慢すればなんということもなかったと振り返れなくもない環境でもあったわけですよ。
壊されてしまうような、切羽詰って追いつめられた深刻さはなかったように見えました。
最後のリンチだって、アビーがいなきゃ起こらなかった可能性が高いわけだしねぇ。
もうどうしてもアビーと一緒にいるしか生きていく方法がない、というふうには思えなかった。
環境的にも、愛情的にもね。

現代っ子で12歳の男の子があの状態でアビーと同行していっても、そう長持ちしないんじゃない?と、ちょっと思えてしまったり(^^;

ついでに、アビーの吸血行為がほぼ猛獣状態の食い散らかしようでしてね(^^;
あれは、いくら今より30年ほど前の時代設定とはいえ、すぐに殺人のアシがつく。
もうちょっとキレイに食べるようにしないと先行き大変不安なものがありました(^^;(^^;(^^;


途中の、ちょっとホラーすぎて(もしくはゴラムすぎて・笑)笑えてしまうアビーの狩りの時の表現とか、まあ、いろいろと気になるところもあるにはあったんですが、やっぱりもう少し「どうしても二人でいるしかなかった子供たち」という感じが欲しかったですねぇ。
なんだろう?
オーウェンのほうに、庇護欲が見えないことが問題なのかな???
オーウェン、アビーを守っていくというよりは、まだまだ自分が守ってもらわないとダメな感じなんですな。
あの関係性だと、多少なりともオーウェンのほうに庇護欲ないと厳しい気がするんだけど。

それとも、やはり絶対的に切なさが足りないのか???


うん。
まあ、とりあえず、今度元映画見てみよう~Ψ(`∀´)Ψ


タイトルの「モールス」とは、お隣同士のアビーとオーウェンが、部屋の壁を挟んで指でトントンするモールスで連絡を取り合うところから。
あと、ふたりでの旅を始めるラストシーンで、大きなスーツケースの中に潜んでいるアビーとオーウェンの会話にも使われます。

大事なシーンで出てくるんだけど、これもタイトルになるほどかな?とちょっと不思議に思った。
「ぼくのエリ」―――この場合は「ぼくのアビー」か―――のほうが、合ってる感じです。
ま、原作が「モールス」らしいので、そのまんまっちゃーそのまんまなんですがね(^^;


いやあ、しかしコディくん、「ザ・ロード」の頃と比べて大きくなった!
それに一番びっくりした(笑)。
この子はなんだか、20歳くらいになると別人になりそうだΨ(`∀´)Ψ



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